第1073回例会報告 (2017年10月11日)

司会

榎本会員

点鐘

栗山義広会長

ロータリーソング斉唱

我等の生業

「四つのテスト」唱和

ソングリーダー:井上会員

「ロータリーの目的」唱和

本多信雄副会長

来賓・
ゲストスピーカー紹介

栗山義広会長

ゲストスピーカー 中村群一パスト会長
ゲストスピーカー 田村浩康パスト会長

ビジター紹介

飯塚会員

中川 剛様(東京臨海東RC会長)

会長報告

栗山義広会長

・先週は、吉田ガバナー公式訪問に会員皆様のご協力を頂きましてありがとうございました。吉田ガバナーより、お礼状を頂きました。メールで配信されているのでご確認をお願いします。

・今月のロータリーの方針は、経済と地域社会の発展と米山月間の2つのテーマがありますが、今月は2回話す機会があるので、今日は経済と地域社会の発展についての持論をお話させていただきます。私が考えるRCやロータリアンとは、やはり職業人であり、その自分の理念が大事です。私が大事にしているのは5つあります。「自分の家族と、社員の家族」「協力会社とその家族」「お客様」「地域社会」「株主」。アメリカだと一番大事にされるのは株主だと思いますが、日本的な考えでは株主は後に来るのかなと思います。坂本教授(康朋ではない)の著書にある「日本で一番大切にしたい会社」に載っていました。地域社会への貢献や責任、義務などを自分なりに考えてみました。やはり最初に来るのは「納税」「地域の安全」「発展」「ネットワーク構築」が大切だと思う。納税はいろいろなところにお金が使われていますが、地域社会で言うと福祉、インフラ、交通安全、環境対策での活用されていることを社内で共有しております。発展というと、芸術や文化。ということを日々考え、会社として世の中の役に立つことを事業にしていけたらうれしく思います。それと人口減少を危惧しているので、周囲の独身の方に婚活を支援し、結婚し子供を生み、江戸川区に住み、人口を増やすということ。そんな江戸川区にしたいと思っております(※選挙には出ません)。

・入会式:舛本俊輔様
 ① 職業分類:人材紹介業
 ② 推薦者:杉浦孝浩会員・本多信雄会員
 ・1976年4月6日生。
 ・株式会社リンドバーグ 代表取締役
 ・本社 東京都千代田区内神田
 ・長崎県立長崎北高校→明治学院大学
 ・日本ビジネスタンク→レイス→独立創業
 ・創業時からの、公私共に仲良くさせていただいています。
 ③ カウンセラー:入澤昭彦会員
 ④ 所属委員会:親睦活動委員会

・「舛本会員よりコメント」
 ただいま紹介に預かりました舛本です。東京臨海RCの入会を許可していただきまことにありがとうございます。ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします。私は人材紹介業を経営していて、創業9年目、従業員25名、家族は妻と息子が1名ずつおります41歳の男です。元より自分自身の器を大きくしないといけないと思っており、その折に杉浦会員から東京臨海RCをご紹介いただきました。何故器を大きくしないといけないかと思っていたかというと、人材紹介という仕事は俗人的な仕事であります。優秀な人材は高い成果を挙げることができますが、優秀ではない人材は成果を挙げられない。弊社で言うと、一番売り上げ挙げている社員と、一番売り上げを挙げていない社員の売り上げの差が、約3倍あります。この大きな差を埋めるためには、より優秀な人材を採用しなければならないのですが、会社というのは経営者以上に優秀な人材は採用できません。働く社員が、自分より優秀じゃない社長の下で働こうと思わないのが、その大きな理由です。そのため私自身の器を大きくする必要性を実感していた次第です。自分次第アンテナを張り、いろいろな方や団体の話を聞いていましたが、その中でRCは他の組織と比べ異質に感じました。他の会合はお互いの商売を設けあおうという営業支援的な考えが強く、RCは社会貢献やお互いの仲間を大事にしようというのが根底にあり、自分自身が成長できると考え、入会させていただこうということに至りました。皆さんを見習いながら努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

幹事報告

高橋映治幹事

・次週10月18日(水)は、東分区懇親ゴルフ大会が開催されますので、当クラブの例会は特別休会です。次回例会は、10月25日(水)です。
・10月定例理事役員会議事録を会員皆様のメールボックスに配布しました。
・「第3回地区ワイン同好会」が、11月9日18:30より、「レストランモナリザ恵比寿」にて開催されます。案内をホワイトボードに掲示致しました。

卓話

パスト会長 中村群一様 / パスト会長 田村浩康様

卓話

『パスト会長卓話』

・パスト会長 中村群一様

今年の4月に会長から、RCに入会してどんなときがうれしかったのか、どんなときに苦しかったのか、やめたくなったのか、本音で話してほしいと依頼がありました。
入会して24年目になります。イニシエーションスピーチは2回やっていますが80%の人は聞いたことが無いかと思います。1994年9月9日に入会しましたが、創立総会が8月8日に終わり、その一ヵ月後に入会しましたが同時に佐久間栄一会員も入会しました。その当時の入会式は今日の舛本会員のようにセレモニーも無く、ただ簡単な自己紹介と袋を渡されただけでした。
東京臨海RCは東京江戸川RCの子クラブですが、それはガバナーが選出されたので作られた経緯があります。週報を綴じるファイルがあり、それを今もっていますのでそれを元に話をさせていただきます。私の当時の事務所はガバナーと同じビルで、いろいろな関係で繋がりがあり、以前より聞いておりあるとき食事の際に誘われたのが経緯です。入会したら葛西の方が8割を占めていて、新小岩界隈はあまりいなく、私の知り合いは少なかったです。紹介者の方も3年で辞められてしまいましたが、それでも20数年続いたのは自分でも驚きです。創立当事で35~6名だったと思いますが、入会当事の週報を確認すると39名でした。10月の頭に鈴木会員が入会され、その当時から今も残っているのは7名ぐらいしかいません。他に類を見ないのですが、今までこのクラブでは100名の会員が辞めています。1997年に田村会員が32歳で入会され、そのときは57名でした。そのときの方が7名残っているということは50名辞め、100名辞めたと言うことは、その後に入ってきた人が50名辞めたという事になります。しかしここはやはりバブル崩壊の影響で、地価の崩落が大きいと思います。その際同時期にいた方が減ってしまったので、会長をさせていただいたということがあります。
入って知らない方が多い中で、チャーターナイトの案内にいかなければならなかったのですが、右も左もわからない中、先輩会員と二人で江戸川RCに行くことになりました。ただその方が例会に参加していなかったので、知らない方と親クラブに訪問はハードルが高く、名簿を見てその方の事業所に伺いました。本人はすっかり忘れており、行って良かったです。訪問時は横で立っていれば良いと言われ安心して、無事終わりました。その次週は福生RCに行けといわれ、福生は行ったことなかったのですが、2回目だから大丈夫だからと一人で行かされました。その後福生RCの方々がバスで10数名来ていただき安堵しました。ガバナーがクラブの例会で認証状を伝達し、その夜に祝宴を開催されるのがチャーターナイトということです。ただし、チャーターメンバーというのはチャーターナイトにいるメンバーではなく、創立総会時に集まったメンバーがチャーターメンバーといいます。
当時すぐ週報の担当をさせられました。例会のあとすぐに作るので大変な思いをしていました。本当に大変だったのでそのときの会員の方とは親交があります。この方は例会が金曜日から水曜日に変更になったため、退会してしまい残念でした。
バギオ訪問は入会して3年目に行きました。ずっと聞いていましたが、援助金を手渡すというのに興味がありました。家族三人分は正直きつかったですが、行ってすごく良かったと思います。高校1年生と小学校6年生の子供たちを連れて行きましたが、いまでも海外旅行はたくさん行っていてもあのバギオ訪問が一番印象的だったといいます。本日配布の週報の裏に当時のバギオ訪問記を掲載しましたので、ご確認ください。行って貧しい地域、しかもピナツボ火山が噴火した降灰などの後遺症も多く残り、その中をはだしの子供たちが駆け回るというのがまだ記憶に残っています。8畳に一家5~6人が住む状況を見て、古着を集め、配りまわりました。その夜にレストランで娘がオレンジジュースを頼んだのですがすぐに出てこない。30分経ってやっと出てきたのですが、話を聞くとオレンジジュースを飲む裕福な子供が来ないレストランでした。カジノも子供は入れませんが、12歳を21歳と何とかごまかし中に入るも、不思議に思いかかりの方がずっと後をつけてきたのもいい思い出です。小学校にもトイレが無くびっくりしました。
芦澤会長時代に諸事情で幹事をやらせていただきましたが、私の会長時も同じ状況でした。2009年7月は38名から33名になり、今と人数的にはあまり変わらない感じです。最後に栗山現会長が最終例会で入会され、35名になりました。しかも水曜日から始まり水曜日で終わるという年度は他ではなく、年間の例会が48回ありました。昨年とは10何回違いました(笑)。また16周年の記念例会の朝に、交換留学生のフローラが成田に到着、迎えに行ってそのまま記念例会、それから自宅に連れて行きました。ほぼ日本語は話せませんでした。最後の高橋幹事の家では大分慣れて我儘が出て、今までの留学生ではまれなケースでした。そのように大変な1年でしたが、34名中31名が最終例会に参加して頂いたのが今でも大変感謝しております。
大変な時期もやめるというか、頑張らないといけないという気持ちが強かったです。いろいろ相談できる環境がほしかったです。今の東京臨海RCは40代が一番多く、しばらく経っても大丈夫の将来性のあるクラブだと思います。RC入会の理由がありますが、人格は高くならず、価値観や意識は高くなる。それがあがるのは努力ではなく、相手の立場に立って考えないとそれらは伸ばせない。自分よりもそれらが高い方と触れ合うことによって、その人のいいところを吸収し、成長すると思います。批判はしないでください。そのようなRCがいいクラブになると思います。


・パスト会長 田村浩康様

第19代(2012-2013年)の会長を務めさせて頂きました。RCに入るきっかけは、地元のRCに3つ上の兄がインターアクトに所属しており、その時に知りました。
  その時に白人の女の子を実家にホームステイさせ、外国人を見たことが無かったときに家にいるということがびっくりでした。和式便器などその子も驚いたと思います。その時に地元の有志の方たちが入る会なんだと知りました。
  それから20年後、1997年4月25日入会しました。これは当時、中小企業家同友会の江戸川支部長を2期4年間務めさせて頂いていたときでした。栗山会長、本多副会長、高橋幹事、佐藤正樹さんも同友会のメンバーでして、そのころは仲が良かった方に紹介をして頂き、第3代高松会長と斉藤実幹事時代に入会させて頂きました。31歳から32歳になる時でした。例会に行くといきなりぐっと握手をされ、一瞬驚きました。会員の人達をその握手した方が指示をしているのを見て、この方はどういう方なんだろうと思ったのが最初の印象でした。その命令に従わない方が2名おりました。二人ともS氏という方でした。
 今年でRC歴21年目になります。20年以上のお付き合いをさせて頂いております。このようなことは他の会ではあまり体験できません。4月に入会し、7月に須藤会長の4期目に入りました。最初に会報委員に所属し、当時は、ポラロイドカメラで写真を撮り、例会終了後、今日あったことを全部手書きで原稿を作成しました。それを印刷屋さんに提出して会報を作りました。そんな手間をかけて週報を委員会の皆で作成しました。翌年には委員長にさせられましたが、おかげさまでやったことでRCがどういうものかとわかった気がしました。
 その当時の会員手帳を本日持参しましたが、58名おり、シールで追加している方も8名、あわせると66名いました。その会員写真を懐かしく見ると、あれ?1名だけ同じ写真の方がいる!と驚きました。ずうずうしい人は先ほどのS氏です。10年一昔なので、何年も同じ写真は気をつけたほうが良いです。そのときも危機がありました。新聞沙汰になるような大きな事件で、クラブが大変なことになりました。第5代目の斉藤実会長の誕生に当たり、前会長がその対象者を退会させることを条件をつけたため、3回ほど拘置所に足を運び、それをクリアし、斉藤会長が誕生した経緯があります。その時は創立5周年、IMのホスト、大変忙しい、わけがわからないまま動いている年でした。また10周年も大変盛大で、裏方はかなり大変な思いをしました。
 2003-2004年の時には、このクラブから高松ガバナー補佐が選出され、分区幹事が斉藤会員で大変な思いをされたと思います。来年度は、今井忠地区幹事の元、斉藤実会員が東分区ガバナー補佐になります。ぜひ、頑張っていただきたい。
 当クラブも25周年を迎える節目ですが、来年は大変忙しくなりますので、本多会長エレクトは大変な年になると思いますので覚悟してください。
 2006-2007年は佐久間会長の下、私は幹事になり、私のRC人生を大きく前進させて頂きました。ガバナー補佐は葛餅で有名な船橋屋の渡辺さんでした。その時の幹事メンバーは同期として仲良くさせて頂きました。その時の幹事が4人一緒に林ガバナー補佐の時に会長をやらせて頂いたので、今も大変仲良くさせて頂いております。そういったことがあるので、会長や幹事も大変な分、その分いいことがあります。その時に思ったのが、No.2になる気持ち。社長にはありえない。その体験が出来るのが、会社の経営にもいい影響を与えます。会社ではなれないポジションを体験でき、その気持ちを実感できるのがいいことかなと思います。
 会長時には、IMのホストクラブ、そして創立20周年の準備など大役が多く、クラブ奉仕委員長にも、会長は謙虚にやることが大切だと大変いい心得を教えてもらいました。会長完了後のお疲れ会は一生の宝物になっています。ありがとうございました。
 そのとき私より5つ年上の今井会員が幹事をしていただき、年上にも関わらず尽くしていただき、その繋がりは一生だと思います。それこそRCの醍醐味だと思います。
 単年の制度が良いと思います。これが2~3年やってしまうと、くりかえしいい経験を得られることがいいです。
 RCは人生の見本になるような方が多くいます。クラブの内外にたくさんいます。これに感謝して、感じていただき、お役に立てていただければと思います。これも仕事の発展のきっかけにもなります。12月18日で90歳になられる、今も毎日現役で花を車で仕入れに行く須藤会員のような先輩が、入会して間もない私に、新小岩駅前のビルの設計をさせていただいたことはありがたく、いまでも感謝してやみません。
 今日も卓話のために早めに来たのですが、そのときに11時ちょっとすぎに一番に来たのは高橋幹事でした。これは早く来ないとわかりません。このような方が、今年幹事で去年会長、こんなことはありえません。こんな方にご自身の介護施設の設計・施工も任せていただき、本当にありがたいことだと思っております。信頼から信用になり、それが仕事に結びつくこと。長い間、20年続けさせて頂いたからこそだと思います。みなさんも人から見られています。そういったことを大事に。それはおきかえれば社員も見ているということです。ぜひ参考にしていただき、きっかけがRCでも人生の見本になるように役立てていただければ幸いです。
 それに私がバギオ訪問した際に現地で勧誘したのが酒井会員です。彼が入会して企画してくれた国際大会、毎年参加させていただいております。これは誘ったからにはその人に貢献するという気持ち、人を紹介するということはそういう責任があり、大事だと思います。
 人生と仕事の歯車になるRCをもっともっと大きくしていかなければならないと思います。ぜひみなさん栗山会長の下、さらに大きな輪に広げ、会員数と出席率の向上に努めてください。
 会長、幹事をだれがやっても、事務局に佐藤さんがいますので、安心して出来ますので、指名されたときは断ることなくお受けください。
 これからも私なりに皆さんに役立つよう頑張りますので、今後とも長いお付き合いを宜しくお願いいたします。

点鐘・閉会

栗山義広会長

今日のランチ

甘えび風味のコンソメスープ
柔らかく煮た牛タンのカツレツ ハーブ入りのマスタードソース
茄子とオクラのサラダ
ムースショコラとミントのムース 季節のフルーツと共に
コーヒー、パン
<東武ホテルレバント東京宴会洋食調理長 佐藤均様>