第1083回例会報告 (2018年01月17日)

司会

坂本会員

点鐘

栗山義広会長

ロータリーソング斉唱

「それでこそロータリー」

「四つのテスト」唱和

ソングリーダー:尾身委員

「ロータリーの目的」唱和

本多信雄副会長

来賓・
ゲストスピーカー紹介

栗山義広会長

ゲストスピーカー 佐久間栄一様
   〃     大澤成美様

ビジター紹介

田村会員

池田正孝様(東京江戸川中央RC)
野﨑 信様(東京江戸川RC)

会長報告

栗山義広会長

・委員会報告で案内があると思いますが、職業奉仕フォーラムの資料が送られます。事前に拝見して思ったことをお話させていただきます。職業奉仕は、ロータリークラブの奉仕活動で2つ目に挙げられているぐらい大事なことです。
また臨海Ver.では短くなっている文章ですが、本来は長いです。一部を省略して要約しています。さて職業奉仕の概念とは、皆さんなんだと思っていますか?人それぞれの職業奉仕があります。私はどのような実践が出来るか、だと思います。
例会で職業について話し、学びあう。地域社会での奉仕プロジェクトで自身のスペシャリスト振りを生かす。高潔な精神で仕事に取り組み、言葉や態度で倫理的な模範となる、など様々です。
皆さんの活かし方はなんでしょうか?

幹事報告

高橋映治幹事

・1月の定例理事役員会議事録を会員皆様のメールボックスに配布しました。

卓話

『パスト会長卓話 』

卓話

東京臨海RC第13代会長 佐久間栄一様

13代会長を務め、今75歳。当クラブで2番目の高齢になった。何でこんな私に卓話をやらせるのか?最初は嫌だったが、年表を作り、調べ、24年何をやっていたか、それに気づかせて頂き感謝。話すことはあまり無いので、私が5分、大澤さんが25分話す。
まずRCをやめたいと思ったことは無い。入会して1ヶ月は、偉い人がたくさんいて、私がこんなところにいていいのか?しかし皆たいしたこと無なかった。同じ人間だった。
今一番嬉しいのは、若い皆さんと接し年齢を忘れさせてくれる。
残念なのは、チャーターメンバーが少なくなったこと。
思い出は、鈴木会員と西伊豆でゴルフをやったこと。鈴木会員がロータリーでゴルフやったのはここだけかも。二人で弥次喜多道中になりながら、頑張ってゴルフやった。楽しかった記憶です。
その翌年からバギオ訪問3年連続参加。ホテルで鍵をなくし、オートロックで入れず、鈴木会員に入れてもらった。このときパンツ一丁だった。この年バギオの宿泊先の周りでお祭りがあって、道路に出て、現地の人と鈴木会員と踊った。
1999年。インドネシアのマグーア島。学校建設と井戸を掘った。台風で屋根が飛んだのを直すプロジェクトに参加。帰国後、逆に訪問され、接待して、ディズニーランドに案内した。2000年もスラダヤ地区に行った。学校建築、教材の配布、教師の手配をやった。2001年はアンチポロの生活用水の井戸を10本掘った。斉藤会員もバギオから合流した。
2002年からはラオス。ここでも学校建築と井戸掘り。他クラブの気配りが出来る会員がいて、大変お世話になった。
そのあとタイのチェンマイの植林に。バブルで切って、山が坊主になったのでその禊に。RI会長が長靴をはいて一緒にやった。
2004~05バキオに。雪が降り、飛行機が飛ばない、バスが故障で来ない、などトラブルが多かった。このころにバギオの道路も良くなり、現在のインフラに近くなった。
2005-06年は仁愛RC、台北に。蔡さんのお嬢様の結婚式があり、思い出がある。日本で考えられないものすごい結婚式。新郎新婦が出てきたと思ったら、同じような人が5~6組。最後に主役が出て来る。そんな演出が日本ではありえない。
2006~07年。本来は私が会長にはなれなかったが、田村会員が目配り気配りお金配りをやってくれて、感謝している。この年はマニラに鈴木会員とポンプを持っていった。井戸があるが、水がでず、ポンプでくみ上げて水道を配管した。
2008年、東京臨海RC設立の功労者 高松さんが急死。大変だったし、すごく悲しかった。7月にマニラ、タオンポイ市に、排ガス規制が厳しく使えなくなった消防車を江戸川消防署から払い下げてもらい消防車を寄贈するプロジェクト。消防団員と一緒に行って放水試験を行った。住宅事情を知らず調整できていなかった為、放水の力が強く、家が丸ごと一軒ふっとんだ。
青少年に関しては、大澤会員、今井会員、高橋会員などベテランが多くいる。1995年、大澤会員が姫軍さんをカウンセラーとしてお世話し、彼は今も活躍している。
1997年、リンゼ・レモンさんがカナダから来た。いい子で、スポーツ系。愛国学園に留学。餅つきもやった。面白かったのは両親が来日したときに寿司を食べたいとのことで招待した。その後、自分で握ってみたいと、カウンターに入れてもらい握った。東照宮、ゴルフ初体験、ボーリング大会、富士登山、自宅に愛国の同級生を呼びBBQなど楽しい思い出がたくさんある。
2009年は、フローラ・トトバさん。問題児で、高橋会員が苦労した。
2015年は、アマンダさん。佐久間裕章会員の父上が会員でないのに連れて来いと面倒見てもらった。この子も問題があり、半年経って学校に行かなくなった。佐久間会員の父上が懇々とお説教し、学校責任者にも来てもらい、結果学校に復活できた。会員として本人が良くなくても、ご両親がいいときがある。RCはすごい。
今年で25年目、年齢は76歳になる。あと何年お世話になるかわかりませんが、今後とも面倒見てください。
職業奉仕の話を最後にします。多くの方に助けられた。
田村会員。台風で倉庫の屋根が壊れ、すぐに修理に駆けつけてくれた。
本多会員、佐藤正樹会員。収入0の危機のときに、2人でチームを組み、お客さんを紹介し、また在庫を引き取ってくれた。
栗山会長。トラックを3台同時に盗まれたことがあり、お客さんの荷物積んだまま。でもすぐトラックを手配し補充してくれた。
尾身会員。残材が出て困っていたのをすぐ飛んできてくれた。
そのほかもありますが、みなさんありがとう。
お礼と25年の歴史を振り返った。栗山会長は素晴らしい会長。今日の話もすごい。彼の話を聞くとRCがよくわかる。在任中は良く聞こうと思う。本多会員、来年は期待してます。

◎東京臨海RC第18代会長 大澤 成美様

佐久間会員と卓話を始める前に打ち合わせした。佐久間会員は5分で終わるといったのに20分以上話した。あの方はいつも何もやってなさそうで、実は準備をしっかりしている。尊敬できる方。  
私はチャーターメンバーだが、当初真面目にロータリー活動をしてなかった。最初の2~3年はしっかり出席していた。その後、幽霊会員になったが、森山会長年度で副会長をやれと言われ、そこから再度出席し始めた。RC歴が中抜けしているので、あまり話せない。
昨日、高校の仲間7人と集まり痛飲した。γ値が高く、アルコールを押さえるよう医者に言われている。数値が3桁になったこともあり、家では飲まないようにし、飲みたくなったらノンアルコールビールを飲むようにしたら、血液検査で2桁に戻った。
話すことは、身の上話?弁護士の話?つまらなくなりそうで、どうしようかと思ったが、佐久間栄一会員が話を引っ張ってくれ、新しい会員がいるので自己紹介をします。
昭和23年生まれ、今年古希になる。小岩生まれ。両親が戦後に小岩に来た。12歳上の姉、二卵性双生児の姉と兄が4学年上、私は一番下。年が離れているので兄弟げんかは無かった。
34歳で姉が亡くなった。二卵性双生児の女の子が亡くなるケースが多い。王選手も二卵性双生児で、女の子は早く亡くなったと聞いた。
父は兵庫の姫路出身なので、私の本籍は姫路。父は戦前は公職だったが、戦後は公職追放で仕事ができず、経済的に苦労した。小さいころは貧しかった。その後も父が大病を患い、高校と大学は奨学金で通った。大学は中央大。当時昭和42年で、私立だったが、学費が安かった。なんと年額6万。当時7500円が奨学金だったので、2500円を小遣いにした。8つ上の兄が司法試験に受かったのを聞き、それから理系から変え、弁護士を目指した。
中央大には6つの受験団体がある。入室試験を経て、研究室に入れば司法試験が受かる。殆どの人が2~3年で受かる。そのため、入って安心し勉強しなかった。日曜日に練習会があり、司法試験合格者が出題して回答し解説するもの。しかしさぼった。大学に入った時期に、父も再就職して経済的に余裕ができたため、水道橋近くのパチンコに直行。または黄色いビルで馬券。もちろん大学卒業後も試験に受からず数年かかったが、今がある。
息子も弁護士、江戸川中央RCにこの1月に入会した。親子でロータリアン。息子も宜しくお願い致します。
ご清聴、ありがとうございました

点鐘・閉会

栗山義広会長

今日のランチ